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タイタニアレイン

Author:タイタニアレイン
こんにちは。天草ハウジングで輸入住宅を建築中です。建築日記と同時に昔住んだアメリカでの暮らしの思い出、日々のたわいない出来事もつらつら書いていきたいと思います。


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思い出しても大変だったのがアメリカでの庭の手入れでした。何しろ広い!!家の前はどの家も芝生が青々としてきれいに縞模様の芝刈りの跡ができていてアプローチにはきれいに花が植わっている家が多かったのです。

特にTitania Laneのあった辺りはリタイアーしていらっしゃる老夫婦が多かったので庭の手入れは日課・・というか生活の中で庭に割く時間がとても多い方々がいっぱい・・・・となると私たちにかかるプレッシャーも大きかったです。

裏庭はあまりうるさくはないのですが表はその町並みに影響を与えてしまうので芝生を枯らしたりのび放題にするとご近所からとたんに文句を言われます。

最初は主人も物珍しさもあって手動の芝刈りでカラカラとやっていましたがとてもとても追いつけるものではなく、時間もかかるので電機のものを買うか、人を頼むか考えて、結局安く週1回芝刈りをやってくれるところに頼むことにしました。

いくらだったか忘れてしまいましたが1回20ドル(2300円くらい)だったような・・・・・・・もっと安かったかもしれません。

若いお兄さんが3人くらいでやってきて大きな機械でブウォー!!!と刈ってくれてあっという間に終わってしまいます。支払いは会社の方に月1回送るだけなのでいないときでも勝手に来てやっていってくれてとても出来上がりもきれいなのでとても便利で一度やり始めたらもう主人のガラガラには戻れませんでした(笑)

あとは水遣り・・・・。暑い夏はこれも大変!!!ちょっと手を抜くとすぐに芝が茶色になっちゃうので朝晩とスプリンクラーを回す毎日でした。それでも枯らしちゃってあわてて芝の種を買いに行って蒔いてごまかしたり・・・・・・。

水道代が無料でしたのであまり気にせず毎日できたのですが、日本だったら大変でしょう!!!!

あとはアプローチには夏はインパチェンス、秋はMAMという秋色の菊、それが終わるとパンジーとビオラを植えて廻りにシロタエ菊などの背があって丈夫な植物を植えました。これらは丈夫なので水遣りもそれほど大変でなく、華やかでアメリカの庭のお花としては大変ポピュラーでした。知識もワザもない私たちは一番ポピュラーなこれらの花をいつも植えていたような気がします。

新しい家の庭のことはまだまだ先ですが私たちが扱うのはきっとあの頃の庭のことを思い出しながら大変すぎず失敗の少ない植物になるんだろうな・・・と今から思うのです。
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ハムレットというエリアが好きだったのですがなかなか空き家が出なかった・・・そんな中で韓国人の大家さんの家がまあまあ気に入って契約寸前まで行ったという話を前回アメリカで家探し Titania Lane の家のあったエリアの話
でいたしました。

そろそろ契約しても・・というところまで行った日曜日の朝、私はいつものように朝刊の不動産のページを見ていました。

もうこれは趣味のようなもので、結局日本に帰国するまでずっと毎週見ていたのです。

いつも見るのは「house for rent」というコーナー。

1500ドル、2年契約、3ベッドルーム、キッチンで食事可能、暖炉あり、ビルトインガレージ2台分、3バスルーム・・・・などなど

へえ・・・こんな場所にこんな家が出てる!なんて見るのは面白いんですよー!!!

その朝はあんまり沢山の家が出ていなくて、主人も「もういいじゃん、あの家で決めちゃえば。。。」といって一緒に見てくれなかったので一人でぼーっと見ていたのです。

するとそこに

Hamlet colonial 5BR 2garage eat-in-kitchen 2yr

の文字が!!!!!

そう、ハムレットで出た久しぶりの空き家、しかも家の形がcolonial!(
総二階のジョージアンスタイルの家・・これが希望の形だったのです。その理由はわたしたちが家を替わった理由 に書いてあります。)

これはもう見に行かない理由はありません。5分後には大家さんに連絡を取って1時間後には見に行くことになりました。

場所はハムレットの中でもちょうど真ん中辺、小学校からも近くて歩いても通学が可能です。外観は総レンガで玄関の横は長細いポーチがあってその前には大きなハナミズキの木が生えていて咲いたらきれいだろうなーという感じです。

そして私がとっても驚いたのはバックヤードが200~300坪くらいあったでしょうか、あまり手入れはされていないのですが木に囲まれた広い原っぱが広がっていて子どもが走り回るには十分すぎな広さだったのです。

ガレージから暖炉のついたファミリールームに入れるところ、そこにトイレと洗濯室が付いていたこと(普通は地下なのですが)、その横にキッチン・・という理想的な間取りだったこと、お客さま用のダイニングとリビングが好みのアンティーク調の無垢の板張りだったこと、2Fの主寝室にとても素敵な洗面所とトイレが付いていたこと、子ども部屋にも直接繋がったトイレとお風呂があって使いやすそうだったこと・・・・・今までになかった良いところがとても沢山ある家でした。

ただ、家はあまりきちんと手入れをされている・・・というのとは違いました。とりあえず1・2Fは文句無くきれいでしたが地下は浸水のあとがあり変色して奥の方は大家さんの荷物が置いてあります。どちらかというと長い間貸しちゃっていてあまり家を大切にケアをしている・・というのとは違う気がしました。外壁はレンガですのでとてもきれいでしたがポーチの柱などは木で出来ていて(塗りなおした方が良いんじゃないかなあ・・)と思うような感じです。

そういったところで若干気になる点も無いわけではなかったのですが

それを上回る愛すべき点がたくさんあって、私はもう「この家が私の家だ」と思い込みのような感じでこの家に決めていたような気がします。

主人は韓国人の大家さんの方が人物的に信頼が置けそうなこと、向こうの家のほうが手入れがきちんとされていること、などでこちらの家も良いと思っていたようでしたが、

恋は盲目・・・・・

なんですね。こんな素敵な家(アバタもエクボだったんですが・・)にはもう二度と出会うことはできないと私が一生懸命主人を説得して

このTitania Laneの家に契約することに決めたのでした。

この家は2年間住みましたが色々問題を起こしてくれましたし、地下に水が入ったり、裏の庭もそれはもう手入れが大変で決して優秀な家とはいえなかったかもしれません。大家さんともトラブルがあったりけんかしたり結構大変だったんです。そういったところでは主人が正しかったかもしれません。

でも私にとってはそれでも可愛い家でした。どの部屋も思い出すだけで胸がきゅんとなってしまいそうな思い出の詰まった素敵な家だったと思うのです。


だからどんなに問題を起こしてくれてもあの家に住むことが出来た2年間、私はずっとこの家が大好きでこの家に住むことが出来て幸せだったなあと思うのです。
私たちの家探しの話の番外編。

でも家を見つける話につながるので良かったら読んでください。

日本の住所の表記は○○市 △△町 ××× 1-1-1・・・というようになっていて×××・・というのはエリアをあらわします。例えば世田谷区砧・・といえば大体あの辺・・・というように地元の人にはわかりますよね。そしてそのあとの1-1-1・・・というのは結構クセモノ。

初めての場所に行くと大抵地図を持っていても

(あれえ・・・だいたいこの辺のはずなんだけど・・・・・)

となることがよくあります。

番地が15のとなりが突然45になっちゃったり気がつくと2丁目になっちゃったり・・・・・。

ところが向こうでは××という街で○○通りの何番というのが分かるとそれだけで必ず家を見つけることが出来ます。住所の表記が全て通りの名まえになっているからです。

車社会でしたのでどこに行くにも車、でも道に迷う・・・ということはこの表記のおかげでほとんどありませんでした。

あ・・・一度だけ地図を忘れて出かけたときは真っ青になりました。パーティーの帰り、主人とは別々の車で、主人がブーッと行っちゃって見失っちゃったのでしばらく迷子でした。夜遅くで電話も持っていなかったのでひたすらぐるぐると走って見覚えのある大きな通りに出たときには泣いちゃいました。


スミマセン・・脱線してしまいました。



今日の話は表記が便利だったという話ではなく・・・・

逆にアメリカでは「どこに住んでいるの?」と聞かれたときに

「世田谷区の砧よ!」

といえず

「○○町の××通り」

というので

「え???そこってどの辺り???」

ということになります。意外に会話では不便なんですよ。



ところがそこに便利なものがあるんですね~

住宅地に立っている家は全てではありませんが

エリアの名まえ・・というか住宅街の名まえ

というのがあるんです。

それは住所には入っていないのですが

その住宅街の名前を言うと地元の人は大体

「ああ・・・あの辺ね、じゃあ、○○小学校の校区ね」とかいう会話につながっていくんです。



そうそう、良い例えが

「ビバリー ヒルズ」

ですね。

あの、

「ここから先は特別の人が住んでいるんですから一般人は入らないように!!」

っていう感じの ここからは特別区・・・みたいな入り口の雰囲気は皆さん一度は目にしたことがあるのではあるのではないでしょうか?



もちろん、あれは別格ですが私たちの町にもああいった住宅街の入り口をもったエリアがたくさんあったのです。

あの町に住んでいる=家賃相場が高い=それなりの生活が出来る人たち

とかいう位置づけの仕方ももちろんありましたが、もうちょっと正確に言うと

同じ「あの町」に住んでいる中でも

あのエリアに住んでる=結構お金持ちの人たち

というようにエリアを聞くとだいたいどんな人たちが多いか、というのが想像がつく・・というようになっています。

そのエリアには大体似たような外観の家、サイズも大体似たり寄ったり・・・という感じだったんです。

もちろんその区切りというのは収入に応じてエリアが決まっている・・・というほどのものでは決してなかったのですが・・・。
町単位ですと例えばボストンの地下鉄の○○駅より南は「足を踏み入れるだけでも危ない!!」なんていう町もあるのでそういうのに比べたらのどかなものです。その町ではどこでも夜でも歩けるくらい安心でした。日本人もどのエリアにもたくさん住んでいました。

砧と田園調布との違いくらい・・・と言いながら分かりやすい例えになんていませんね。スミマセン。。。。。
「六本木ヒルズに住んでいるのよ。」「うっわー!!凄い!!」ってなところでしょうか。

さて、Titania Lane のあるエリア、そこは退官した軍人のおじいさんたちなどが結構多く住んでいる中くらいのサイズの家が多いエリアでした。

そして住宅地の名まえを「ハムレット」

といいました。

何とも面白い名まえでしょう?!

タイタニア、というのも不思議な、というより珍しいですよね。

ここまで来てピンと何かを感じた方は

相当なシェークスピア通です。(パチパチ!!)

そう、実はそのエリアはちょっと洒落ていて

全ての道の名前が

シェークスピアの作品に出てくる人物の名まえになっていたのです。


例えば「Macbeth RD」 とか 「Romeo Ct.」とか・・・・。

タイターニアというのは

「真夏の世の夢」という作品に出てくる女王の名前です。

実は昔若い頃一時ちょっと演劇をかじっていたことがあり、シェークスピアは大好きで戯曲も大体読んでいましたので

こういう遊び心のあるエリア、

それだけでちょっとうきうきしてしまうんです。

建っている家もそれぞれが決して大きくは無いけれど、シェークスピアらしくちょっと英国風なつくりのおうちが多かったのです。

そのエリアには友達が住んでいてよく遊びに行っていました。それまで住んでいた家からはちょっと離れていたけれど、そんな遊び心や雰囲気が何とも良くて実は憧れていたのでした。

ところが人気のエリアですのでなかなか空き家が出ないんです。

そんな中で今までのお話に戻りますが30件以上の家を見て回る・・・・という時期を過ごして

全く違うエリアの韓国人のおうちをあわや契約・・・まで行ったのですが

ハムレットのタイタニアレインにある家と出会うことになります。

それはまた次回に書かせていただきます。






アメリカで家探し

私はtitanialaneの家を探しているとき30件くらい家を見ました。

アメリカで借りる家を探す場合、いくつかの方法がありますが私の周りで結構ポピュラーだったのはこれ。

気に入ったエリアを車で走っていてそこで「FOR RENT」という看板を見つけて場所や外観が気に入ったらそこに書いてある番号に電話する。そこを扱っている不動産屋さんにつながって中を見せてもらう。この場合、もちろん仲介手数料はしっかり取られます。ただし、結構中の部屋数などが想像より少なかったりしてはずれも多いのですが。。。

このパターンでもいくつかの家を見ました。

1つ周りが森・・・というステキな感じのとても気に入った家があってお値段もエリアも合格、レンガ造りの雰囲気がとてもよかったのですが部屋数がひとつ足りなくて、当時はそれが絶対譲れない条件だったものですから泣く泣く諦めました。今ならちょっと我慢してでもステキさをとってしまうかも知れません。そのくらい森に囲まれた家はステキでした。


もう1つとても悩んで契約寸前まで行った家があったのですがそれもこのパターン見つけたのですが、約束の前日に下見に行ったら韓国人の大家さんが手入れに来ていて、明日見せてもらうんだというと、

「OK,不動産屋さんには断って、自分と直接契約すれば家賃を少し安くする、といって中に入れてくれました。自分たちも不動産屋さんに払うお金が惜しいのでしょう。自分で住む人を見つけた・・ということにしたかったみたいです。

お金持ちの韓国人は本当にお金持ちみたいで、「私たちはこの近所にもっともっと大きな家を買ったからこれを貸すことにしたの。今まだ住んでいるくらいだから良い家よ~!!」

確かに貸すのを前提にしている家と大家さんが住んでいて何かしらの事情で貸すことになった家とは大家さんの思い入れが違います。壁紙も外壁もよく手入れがされていて内装も私の好みもクラシック、とても私が気に入ったのはその家は地下があるのですがドライエリアがあってとても明るく、客室が二つあってそれぞれにきちんとしたシャワールームがついていたこと。そしてその前にお客さんに使っていただけそうなリビングがあったのです。

ほとんど決めかけていたのですがそんなときにTitanialaneの家を見てそちらに決めました。でも今でもあの家はとてもよかったなあ・・・と思っています。

あとは街の不動産屋さんに行って・・・という方法もありますがあまりそれで借りた人は知らないのです。わたしにもあまり良い家は紹介してもらえませんでした。あ、でも日本人の不動産屋さんがあるらしく、あとでそこで紹介してもらって決めた・・という日本人の方が何人かいらっしゃいました。そういう方はみんな日本人の多いタウンハウスやマンションに住んでいらっしゃいました。

ではちょっと長くなってしまったのでタイタニアレインの家と出会ってそこに決めた話はまた次回・・・ということで。。。。。


久しぶりにアメリカの家の話です。

アメリカの家ではマスターベッドルームや客室に専用のバスルームが付いていることが多いのですが、それも色々なものがあります。

自分たちが経験したので印象深かったのは結婚1年位したとき主人とともに2週間泊り込みで夫婦で日本人夫婦のお子さん達の面倒を見る「泊り込みベビーシッター」をしたその家です。ご主人夫妻はヨーロッパ旅行でした。(ゴージャス♪♪)

その家は郊外にあって、かなりなお金持ちと見受けられましたがお子さん達はそれぞれ自分のバスルームを持っていました。そして私たちはゲストルームの小さなシャワールームがあったのですが、

ご主人が「シャワーじゃ休まらないですから私たちの寝室のバスルームを自由に使ってください。」といって開放してくださったのです。

はじめてみるプリティーウーマンに出てくるような大きなお風呂でそれもジャグジー♪♪♪となりにはサウナもあって素敵でした。

ずうずうしくちゃっかりと2週間お風呂を満喫したのは言うまでもありません。

さて、私たちの家のお風呂ですが、新婚のころは小さなアパートでしたからゲストも共用の小さなユニットバスでした。しかもトイレが付いているから女子大生の一人暮らしに戻ったみたいでした。

子どもが生まれて一軒家に住んだときは寝室には小さなトイレ付きのシャワールームがありました。それでも「専用バスルーム♪」ととても嬉しかったのを覚えています。子どもはゲストと一緒でしたがトイレとお風呂の間にガラスのスライドドアが付いていたのが気に入っていて黄色いあひるちゃんをおいたりベイビー仕様にして楽しみました。結局いつも子どもと一緒にそのころはそっちのお風呂に入っていました。

そして最後に住んだTitania Laneの家は寝室の奥に開口の廊下があってまず最初のドアを開けるとトイレ、そして廊下に面して150センチくらいの真っ白な洗面化粧台がありました。そのおくに左に入り込むようにして小さいけれどお風呂があったのです。

トイレとお風呂が一緒になっているのが当たり前のアメリカの家の中でこういう風にトイレとお風呂が離れているプライベートバスは初めてでこれは一目ぼれでした。

タイタニアレインの家を探すときのエピソードはいつか書くといっておきながらなかなかご紹介できませんが

この家が気に入った理由のひとつがこの寝室のバスルームであったことは間違いがありません。プリティーウーマンでもジャグジーでもなかったけれど、窓辺にろうそくをたくさん置いてライトを消してくつろいだり、バブルバスで良い香りの泡をいっぱいにしてそこで本を読んだり・・と今の社宅のお風呂じゃとてもできないくつろぎバスタイムを楽しんだものでした。

さて、最初家作りを計画したときプライベートバスを付けたい!!と思ったのはいうまでもありません。でも限られた土地と予算の中でそれは到底叶いませんでした。しょうがないですよねー。

でも子どもも大分大きくなりましたし、そんなに汚さなくなりましたからせいぜいあがいて自分たちなりに素敵なお風呂にできたら良いな・・と思います。
アメリカで一軒家に住むにあたって、大家さんからきつく言われたことの1つにGutter Cleaning (雨どい掃除)があります。これを定期的にしっかりやるように・・とのことでした。庭木から落ちた葉や枝が屋根の樋にたまると水が流れなくなってしまい、それが地下に入ってしまうかもしれない・・ということなのです。

わたしたちはsplit foyerという半地下、半二階・・というタイプの家にすんだあと、Titania Lane にある地下付きの総二階の家(Colonialタイプ)の家に住みました。

最初の家は半地下・・・つまり地下部分は居住空間になっていましたので特に浸水したら大変!時々業者を頼んでお掃除していました。(自分たちじゃ出来ないので・・)

そして、次に住んだTitania Laneの家この家で私たちが経験した残念~な出来事の話です。

この家はとても素敵で大好きな家だったのですが、1つ難を言うと地下が何となくきれいじゃないのです。おりてすぐの地下リビングも塗り壁が腰辺りで変色していたのであまりきれいじゃなかったんです。でもほとんど物置としてしか使っていないし、奥は大家さんのガラクタがあったりボイラー室は全く手入れをしていなくて壁紙も貼っていない断熱材むき出しの空間でした。
おかげさまで我が家の不要なものはダンボールも全てたたむ必要もなく積み上げておくことが出来ましたし、普段は出入りしないのであまり変色も気にしていませんでした。

契約のとき大家さんが何だか「Gutter cleaning」のことを3回位いっていたことが変だな~とは思ったのですが、前の家でもやっていて分かっていたのであまり気にしていませんでした。

さて、住んで最初の秋、雨どいが詰まりやすい落葉の季節、毎日恐ろしいくらいたくさんの落ち葉が降ってきます。庭は子ども達が潜って遊ぶのには最適な落ち葉のプール状態!!(子ども達はこれが大好きでよく地面にかくれんぼしていました。)この片付けもものすごく大変だったのですが、その話は今度・・ということにします。

定期的に雨どいも掃除していたのですが、ある日バケツをひっくり返したようなすごい夕立が降り、30分くらい降ったとき、ふと何か予感のようなものがして地下のドアを開けました。すると・・・・・・


ジャー ジャー!!!!!

と音がして天井近くの明り取りの窓の近くのあたりから水が入ってきているのです。(正確にどこからだったか忘れてしまいました。すみません。。)そして床には水がひざくらいの高さまで来ているんです。そこではニュースで見るような軽いものがぷかぷか浮いていて・・・・

もう、ショックとびっくりで声も出なくてしばらく階段の途中でその光景を呆然とながめるしかできませんでした。

主人も仕事でいませんでしたし、とにかく子ども達に「地下におりちゃだめよー!!」と言ってからまず外に出て水の入ってきている場所を見に行きました。するとやはり雨どいがつまったらしいところからみずがあふれて屋根に振った雨水が一箇所から滝のようにジャージャーとおちてきているのです。そしてそのみずが建物と地面の境を直撃しているのです。そこには雨にえぐられて大きな穴ができてしまっているのです。

とにかく上からの水を地面に直撃させてちゃいけない!!シロウト考えでおバカだとは思ったのですがまずやったことは

落ちてくる雨水をうちにあるすべての傘で受け止めて周りに拡散する

ということでした。これによってとりあえず降ってくる水は半分くらい家側ではなく庭の方へ行くようになりました。

次にえぐられて穴の開いたそのばしょにピクニック用の大きなシートを置いて石で留めて水が来る方に土嚢ならぬ石をつんだり植木鉢、プランターをありったけおいて堤防を作ったのです。

もう・・・そんなことしか思いつかなかったんですよ。

家の中に戻るとおかげさまで水はあまり入ってこなくなっていました。あとは下にあったものをとにかく棚の上のほうへ乗せました。

あとは・・・・・・・

雨をやむのを待ち、乾くのをまち、そのままです。。。。。。乾燥機、扇風機を駆使して何日かですっかりもとのとおりになりました。

たいしたものをおいて無かったので被害もありませんでした。ボイラーも壊れなかったですし、分電盤の高さまで水もいかなかったのでショートもしませんでした。

大家さんに言うと、「あーまたなった?気をつけないとすぐなっちゃうのよね。」

と気にも留めない様子。どうりで地下が変色しているわけです。

もし、地下をきれいにして、電化製品をたくさん置くような家だったら大変なことになったとことでしょう。そういう家もたくさんあるわけですから・・・・。

そういうわけで、素敵でありながらとっても荒れてて放置された地下を持ったタイタニアレインの家、

しょーもないやつなんですが、今思い出してもそれでも可愛いやつだったな・・と思うのです。



その後の話? もちろん、適度に雨どいクリーニングはしましたが、この家はそれだけじゃダメ、ということもわかりましたので、雨が降るとあふれる滝の雨どいの下にありったけの傘を持って飛び出して対処しました。一度だけまた浸水しちゃいましたがたいしたことはありませんでした。

浸水する・・ということは家がそれだけ傷むわけですし、今自分の家を作るにあたって家のことを知れば知るほど浸水なんてとんでもないことで100%あってはいけないことだと強く思います。あの時でももっともっとするべきこともあったかもしれません。大家さんがあまり家に対して執着がないというか、ほっておくタイプの人だったし、私たちもそれで良いなら・・・と何だか何もしないで帰ってきてしまいましたが多分、あそこに住む人はみんなあれに悩まされるのかもしれません。早く浸水しないようにリノベーションしたほうが良いと思うのですが・・・。


この間の雨を見てこのことを思い出したので書いてみました。お付き合いありがとうございました。

アメリカに住んでいて便利だなあ・・・と思った事の1つにビルトインガレージがあります。

それまで家の一部がガレージになっている家・・・というのは日本でも見かけていましたがそれはスペースが家の一角にある・・というものでした。
あちらに行って驚いたのは、あちらのビルトインの家に住んでいる人はリモコンでガレージのシャッターをガーッと開けてそのまま中に入るとそのままガーッと閉めちゃうのです。つまり、家への出入りがガレージから出来るということなのです。

これは本当に便利でした。一番それを感じたのは雨の日です。荷物の出し入れのとき全く濡れずにすむわけです。どんなに土砂降りの日でもみんなで車に乗り込んでシャッターをガーッと開けて出ればよいわけですからこれほど便利なことは無いね・・・と主人もお気に入りでした。

さて、子供達と住んだ一つ目の家は前回ちょっと説明をしましたが、ビルトインガレージが一階部分にあり生活スペースが2階だったので贅沢を言ってはいけないけれどちょっと不便でした。

タイタニアレインの家を見つけたお話はまたいつかさせていただくつもりですが、この家、なんと、このビルトインガレージがキッチン横のファミリールームに直結していたのです。これは最高でした。この家が大好きだった要因のひとつでした。

ガレージの家側のドアを開けるとそこはファミリールームとキッチンが目の前にあるわけですからたくさんの食材を買い込んできてもすぐにぽいぽいと運べますし、家に入りきれないジュースの箱・・などはそのままガレージに置きっぱなしでもすぐ取りに行けてとても便利でした。

子どもが車で寝ちゃったときなんかはシャッターを閉め、家側のドアをあけておき、車のドアもあけておくと「泣くまで車に寝かしておこう!!」なんてこともできたわけです。(怠慢な親でした!)

冬も外のシャッターを開けてエンジンをふかして温まってから家からすっと車に乗り込むので寒さを感じる必要がありませんでした。雪の日なのにコートを忘れて出かけちゃったこともありました。

今なんて車に乗る場所に行くまでにコート・マフラー・手袋をしっかりして冷たい車に乗り込み温まるまでぶるぶる震えてなきゃならないのであの頃が懐かしいです~。。。。。。。。

あと、家族の脱ぎ散らかした靴は全てガレージにありましたので玄関は常に綺麗な状態でいられました。(使うのはお客さんだけですから。)雨や雪の日でも玄関は濡れないで済むのは助かりました。雪の日なんかはべちゃべちゃになった靴はガレージから中に入って目の前のファミリールームの暖炉の前においておけば乾いちゃうのでそれも便利でした。

さて、これだけ便利なビルトインガレージでしたから、家を建てるなら絶対これは付けたかったものの1つだったのですが、今回の家は細長い敷地延長の道があり、そこに車を停めるしかないので、ビルトインは無理なのです。残念ですが、文句を言ったらばちが当たりますね。雨の日は普通に濡れますし、コートを羽織って外に出る・・・そんな普通のガレージになりそうです。

せめて輸入住宅にあった素敵なガレージにしたいのですが、まだまだ先の話。。。。。。。。。いろいろ勉強したいと思います。

初めての家探し

もう17年くらい前の話です。スミマセン。長いです。

結婚して最初に住んだのはアメリカ北東部の街。主人は学生でしたからお金もなくとにかく小さくても良いから安くて学校に近い住まいを探していました。

車は学校内に駐車場が少なくて1年生のうちは借りられないようだったもので、冬が獄寒いこのエリアでは自転車・・というわけにも行かずバスも分かりにくかったのでともかく徒歩圏で探すことにしました。

街に着いたその日のうちに学校の住宅斡旋課に行き「この街で学校まで歩けるところでどこかありますか?」と聞きました。私たちがその町に行ったのが8月の終わりでしたが普通こういう学生の町で住まいの入れ替えがあるのは5月~6月、ちょうど卒業して学生が出たあとを狙って次の人が入るのでたくさん部屋が空くのです。そういう入れ替えがほぼ終わった頃私たちが行ったわけですから良いお部屋があるはずもありません。

これしかないです。とボロボロで虫が出そうな古い家を2、3紹介され、(こんな部屋だけは絶対いや~!!!)と多少の我慢をするつもりだった私もあまりのひどさに泣きそうになりました。

その日は決められなくてホテルに帰りました。次の日は日曜日、アメリカは日曜日に新聞にたくさんの不動産情報が出ます。

もう、これで探してそれでもダメなら街の不動産屋さんに行こう!と思い、主人と張り切って見始めました。最初に不動産やさんに行かなかったのは手数料が意外に高いので、新聞の場合、個人がそのまま載せている場合が多く、その分手数料が浮く・・という考えだったためです。日本と違って意外に良い情報が出る、ということでこの方法から行くことにしたのです。

小さな町でしたからそれほどたくさんはありませんでしたが、そんな中1つだけ私達たちの目に留まったのは

「コンドミニアム・1ベッドルーム・綺麗なキッチン・月600ドル・コインランドリー 歩いて〇大学に行けます。」

というものでした。1ベッドルーム・・ということは親が来たとき泊まる部屋がないかなあ・・とは思いましたがとにかくまあまあお値段も高くなかったし、綺麗な(neat)という言葉に惹かれて行ってみる事にしました。

今から思うとその町では2世帯住宅のような2階別々の入り口で別世帯、という家がたくさんあり、そういう家も体験してみたかった・・と思うのですが、とにかくあの時はとにかく住まいを見つけなくちゃ、と必死でしたのでえり好みしていられない気分でした。

外観こんな感じ(以前使った画像です。)
20070404103139.jpg


ふーん、可愛いじゃない?!!

外観も昨日のところに比べたら雲泥の差です。大家さんに中に入れてもらうとドアを開けたら

真っ暗!!!!!!!!

ドアを開けてすぐに目の前が縦長のリビングダイニング(本当に目の前です。!!)右にキッチン、そして奥のリビングの右側がベッドルーム、なんともシンプルなつくりのアパートでした。部屋は東向きなのですが、午前中にもかかわらずリビングの窓の前にわさわさと木が茂っていて日が入ってこないんです。隣のベッドルームはあまり広くはないけどまあ、日は入らないけどリビングよりは少し明るいかな・・という感じです。

リビング側は明かりがなくてまず入ってすぐのダイニングの上のライトと横のキッチンのライトをつけたら、まあまあ明るくなりました。うん、確かに綺麗なキッチン、と言うだけあって黄色の明るいL字のシステムキッチン(食洗機付き)が窓がないキッチンを明るくしています。バスルームは今度は全部薄いピンク色、壁も上品なベージュの塗り壁でとても明るいです。

それまでにあれだけ汚い部屋を見せ付けられなかったらそれほど心も動かなかったかもしれませんが、確かに、きちんと手入れがされていてキッチンもバスルームもとても綺麗でしたので、

広さもまあまあ・・・便利さもまあまあ・・・家賃もまあまあ・・・ということで暗いことがちょっと気になりましたが、初めての住まいにはこれが上出来なのでは・・・と思い契約することにしました。


さて、住み始めて3日くらいで私は憂鬱になってしまいました。確かに綺麗な家です。キッチンも日本では考えられない広さですし、贅沢を言ってはいけない・・・と思いつつ、

お日様がまったく一日中見えないこと、お日様の明るさを一瞬も感じることが出来ないこと・・・・これが私を憂鬱にさせていたのです。

一日中学校に行って帰ってもレポートを書いたりしている主人には、そんなことは全く気にならないようで

「いいじゃん、お日様に会いたければ外に出れば。こっちでは北側の家のほうが人気があるんだよ。家具が焼けないし。」というのですが

日の光・・・というのがこんなに恋しいくなるなんて私も自分で驚くくらいでしたが、もう私はお日様が恋しくて恋しくて日に日に落ち込んでしまったのです。

外に出て、日当たりの良さそうなアパートを見るとうらやましくて涙が出ちゃったり、「汚くてもあの家、日当たりだけは良かったよなあ・・」とあれだけいやだった最初に見た家を懐かしんじゃったり、

初めての海外生活での不安と主人が思ったより学校が忙しいことで取り残される寂しさも相まってたぶん余計にちょっと暗くなっちゃったのかなあ・・・と今になって思います。

悲しくなるからあまり家にいないようにしよう!!なんて昼間は出かけるようにしたりしていて1ヶ月くらいたったある日、大家さんが

「隣の部屋が空くんだけど、君たち日当たりを気にしてたから、どうかと思って・・・・」

と声をかけてくれました。となりは何と、南と東の角部屋。広さもキッチンはI型でとても狭いのですがリビングは真南向き!そして隣の寝室は南と東の両方に窓があって東側のうっそうとした森のような木達も全くないので隣とは別世界の明るい部屋朝日がさんさんと差し込む寝室でした。そして、とても小さいながらもう一つベッドルームがありました。

私達はもうただ、嬉しくて、大家さんに感謝するばかり!!移らない理由が全くありません。採光以外の部分はとても気に入っていたアパートだったのですから・・・。家賃は少し上がってしまいましたが、まだ家具もあまりなかったのですぐに「お願いします」と返事をし、あっという間に引っ越してしまいました。

引っ越して最初の朝、窓からいっぱいに差し込んでくるお日様の暖かさに幸せな気持でいっぱいになったのを今でもよく思い出します。

普段当たり前のように感じている日の光ですが、なくなってみてどれだけこれが生活になくてはならないものかを、この件で実感した

私達のはじめてのドタバタ家探しでした。



ということで最後まで読んで下さった方、長くてスミマセンでした。。。。。。。。。。。。




子どもが生まれて赴任したアメリカ東部の街、最初に住んだ家は前任者からの引継ぎの一軒家でした。

広さは5ベッドルームにファミリールーム・リビング・ダイニング・イートインキッチンという文句なしに広い家、初めての一軒家に主人も私も大興奮でした。ところがこの家を私たちは1年で住み替える決意をしたのです。

そのあと住んだのがTitania Laneの家なのですが、今日はその一つ目の家のお話です。

家を替わる決心をしたいきさつをお話するには私たちが住んだ家の造り・・・についてまずお話しする必要があります。
引き継いだ家はsplit foyer というタイプの家

これはどういう家かというと

http://www.homecrofthomes.com/split_foyer.html

こんな感じ・・・つまり、家の入り口が家の中2階レベルにあり、そこから半分あがった2階と半分下がった1階(といっても半分地下にもぐっているのですが・・・・。)というつくりなのです。玄関の高さには本当に何もなくて、ただ入り口と上下の階段だけ・・・・・見上げるとドーンとひろいリビングが見えて、見下げるとドーンとひろいファミリールームが見えます。


そして、階段上がって正面が食べるスペースのあるL字のキッチン、右側がお客様用リビング(暖炉つき)そして、お客様用ダイニング、逆に階段上がって左に行くと3つベッドルームがあって1つが子ども部屋、1つが主人の書斎、一番奥が私達のシャワールーム付きのベッドルーム。

階段を下がると右に大きなファミリールーム、その奥にくらーいベッドルームがあって左は1つ小さなベッドルームと左奥はランドリールームとそのままガレージに出られるドアがあって開けるとガレージ・・・という造りでした。

住んだ辺りではこのつくりの家がとても多かったのです。お友達の家もこのつくりの方がほとんどでした。

なんだか、うまく説明が出来なくてごめんなさい。。。。。


さて、こんなに広くて立派な家だったのですが、問題はうちの子供たちがまだ小さかった・・ということが一番でした。息子はまだ生後6ヶ月、ちょうどズリバイをしているころ~ハイハイ~歩き始め、そして娘は3歳になったばかりで母親のあとを一日中追っている年頃でした。

そのころ、我が家には結構主人の仕事の関係のお客様が夜に見えたり・・ということがちょくちょくありました。そういうときに私はどうしていたかというと、キッチンに赤ちゃんサークルを持ち込み、娘のおもちゃをたくさんキッチンに運び込んで、私がリビングダイニングとキッチンを行ったりきたりしてもすぐに子どもを見ることが出来るようにしたのです。

まだシッターさんに預けておとなしくしていてくれるわけもなく、私が見るしかなかったので決して広くないキッチンは戦場のようでした。

ある日、他の方のおうちにお邪魔したときにsplit foyer の家でなかったのですが、お客様スペースの反対側(キッチンをはさんで・・)に大きなファミリールームがあってうちの子供たちもそこで遊ばせていただいたのですがそこにテレビから全てのおもちゃがあって料理をしているママからいつでも見渡せるのです。そして、遊んでいる娘もキッチンの向うに大人スペースが見えるのでとても安心して遊んでくれました。(その前、別の会ではこどもが遊ぶスペースは地下だったので娘は嫌がって私から離れませんでした。)

そのときから私の中で(こういう造りだったらどんなにいいだろう・・・)と思うようになったのです。

そしてビルトインガレージ・・もとても気に入っていたのですが結局下の階に入ってきたので、そのあと息子を抱っこして上に上げて、買ったものもよっこらしょと上に上げなくてはいけないのでその間息子が階段から落ちないにしなければならず、なんだかその作業が社宅と一緒だなあ・・・と思ってしまいました。

そして、半地下のファミリールーム・・・とても広かったのですが、うすぐらかったこともあり結局ほとんど使わず、1階部分は洗濯のためとガレージに行くだけのスペースとなってしまったのでした。なんて勿体無い・・とは思うのですが、しかたがありません。

そして、キッチンから正面に出て玄関を見下ろす階段には子どもが落ちないように柵をつけてあったのですがこれがまた大変でした。


玄関から上を見るとアイアンの素敵な手すりの階段にプラスティックの何とも不似合いな柵・・・・・・。それは仕方がないとしてしかもそのアイアンが曲者でとてもおしゃれではあったのですが柵を取り付ける突っ張りが出来ない造りだったのです。そしてそれが出来ないと確か、柵を開け閉め・・という作業ができなくなり出入りは「上からまたぐ」という何ともかっこ悪いことをするか、もしくは柵をいちいち取り外すか・・・のどちらかになったのです。当然階段を上がったところの柵をまたいで向こう側へ・・・というのは足の短い私やましてや3歳児の娘には至難の業・・・ですから一回一回柵を取り外してはつける・・・という作業をするしかなく、それもしっかりついていないので「柵をつけているからここから向うは×だよ・・・」の合図ではあっても本当の意味の安全対策にはなっていなかったので今から考えるとよく事故がなかったなあ・・と思い出してもヒヤッとします。
この柵はお客様でも取ることは出来ず、・・・というかお客様のときこそ眼が離れるので落ちる可能性が高いから絶対取り外すことが出来ず・・・
「すみません。。。。。。。子どもがちいさいもので。。。。。。」と
毎回言い訳したものでした。
我が家で違和感のある存在感を半年ほどもたらしていたのでした。

そんなこんなで、本当に贅沢をいってはいけないと思いながらも、引っ越したい・・・という私の気持が日を追うごとに大きくなってしまったのでした。

家の契約は1年・・その契約が切れる頃、私たちは悩みに悩んだ末思い切って家を探す決心をしたのです。

家探しのエピソードはまた別の機会に書きたいと思います。


懐かしい写真

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私たちが住んでいたTitania Lane の写真です。家はデジカメでその当時撮っていなかったので何とか起こして載せられるようにしたいと思っています。これは通りの名前が入った写真を去年遊びに行ったときに撮ったものです。ただ、家はもう別の方が住んでいらしたので撮れませんでした。残念・・・。よく家族でお散歩した思い出深い通りです。どこの家も芝生を綺麗にしていました。



これは新婚の頃夫婦で住んだアパートです。最初は暗いベッドルームが1つしかない部屋だったのですが、空いたときに我儘を言って日当たりの良い2ベッドルームに移りました。とても綺麗なアパートでした。ランドリーが共用でよく別の部屋の人とそこで立ち話しました。家賃$700くらいだったと思います。

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これは私が3歳の頃住んでいたアパートハウス。今のほうが綺麗なくらいです。多分築60年は下らないでしょう・・。3階それぞれ別の人が住んでいるタイプです。残念ながら私は中の記憶はありません。でも外から見た感じはとても好きです。
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懐かしい写真を見て改めて家への思いが強くなりました。こういう歴史のある写真が取れるような家を作りたいものです。


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